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『ゴブリンスレイヤー』や『SAO』に見る性暴力と危機の相乗効果

今やエロ要素は深夜アニメに必須要素となりつつあるが、『ゴブリンスレイヤー』のようなシリアスな作品では、うかつにラッキースケベを強調しすぎては雰囲気を損ねるリスクもある。特にこの作品では主人公が堅物なのでラッキースケベと相性が悪い。

しかし、この作品ではゴブリンたちに捕まると女性は服を剥ぎ取られ弄ばれる(その後殺される)ので、これがエロ要素として機能している。7話くらいでピンチになったときは、弓矢の女の子が服を剥ぎ取られかかるが、単なる危機感情に加えて性的興奮も足し合わされることになる。

それで思い出したが、『SAO』シーズン1の最後でヒロインが無抵抗のまま服を剥ぎ取られるというピンチに直面するが、やはり危機+性的興奮はとても強い印象を視聴者に与える。

 

性暴力と危機の相乗効果

危機的状況と性的興奮という組み合わせは視聴者に大きな葛藤を生む。

一方には、その女性キャラクターがピンチを乗り切って助かってほしいという感情がありながら、同時に他方では、敵役がうまくいけば女性の恥ずかしい姿が顕になるという欲望もある。

ここに葛藤が生まれる。

最初は女性が助かってほしいと思って観ていたはずなのに、いつのまにか「やっぱり助からなくてもいいかも・・・ゴクリ」という汚い感情がひょっこり現れていることに気がつく。だから素直にその欲望を受け入れることができずに、モヤモヤする。

 

 

ゴブリンという存在が、性暴力を働く敵役としていかに適材か

このような性的要素について、ゴブリンという人間的な身体的特徴を持ちながら対話ができないという存在は、とても重要なように思う。

なぜなら、人間的な特徴を持っていることによって、性暴力を与える役として有効となるから。たとえばゴブリンではなく人間とは形質が大きく異なる生物なら、獣対人間という獣姦的な構図に映るが、それでは人間対人間が持っているような性的興奮を与えることはできない。

また、同じ人間なら慈悲の心があるので、それを無視して強姦や殺戮することは不自然に映ってしまうが、ゴブリンは対話できないし人間に慈悲を向ける存在でもないので、人間に一方的に危害を加えることは自然に映る。